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性同一性障害って何だろう?
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2007年06月30日

個人年表/渡邉

今回は個人年表ということで、みんなでおもしろがりながら書いてみたのですが、ついつい長くなってしまいました。
まとめきれなくてすみません。

自分も含めてスタッフ4人の個人年表を読んだ感想として、やっぱり僕らは自分大好き人間の集まりだな、ってことです。笑
そうじゃなきゃ、活動をやろうなんて思わないものかもしれないとも思いますが。

えー、ともかく個人年表ラストは渡邉です。



0歳
▽1982年6月、2番目の子として生まれる。
     
2歳
▽弟が生まれる。可愛がる。おもちゃにする。

3歳
▽4歳離れた姉の影響もあってひらがなを覚え、ひとりで絵本を読むようになる。本の虫の誕生。
 
4歳
▽いとこ家族と花火大会に行くが、終わり間際に大雨が降ってきて、「お母さんが濡れちゃう」と泣きながら母親にシートをかけていた。小さい頃で一番はっきり覚えている思い出。


5歳  幼稚園入園
▽半年くらい毎日泣いて過ごす。そして、半年くらい毎日担任のA先生のおんぶで過ごす。
▽家でレゴを散らかしていたところ、見事に踏んで血が出るも「片付けないからでしょ」と怒られるのが怖くて黙っていたら化膿してしまい、余計怒られる。1ヶ月くらい病院に通う。

6歳  幼稚園年長組
▽幼稚園にもすっかり慣れ、毎日を楽しく過ごす。姉の担任をしていた先生が担任だったので、引き続き先生におんぶやだっこで過ごす。
幼稚園の2年間が、今の自分のタイプや恋愛観を形成したと思っている。笑
▽赤いマウンテンバイクを買ってもらい、乗り回す。
 近所の子はみんなキャラクターものの自転車だったので、人と違う、大人のかっこよさに目覚める。
▽地元の中学生が保育実習に来るが、人見知りして1人だけ教室の隅で過ごす。
 そして、かわいいお姉さん2人組の気を引くことに成功する。


7歳  小学校入学
▽「赤も黒も嫌だ。私立っぽくてかっこいいし、これがいい」と茶色のランドセルを買ってもらう。
 当時、カラーランドセルは学校で自分だけだったからじろじろ見られたが、人気者だと誤解する。笑
▽入学から1ヶ月くらい、授業中に泣く→保健室→親が迎えに来て帰る、というプチ保健室登校児に。
 しかし、GW明けには学校に慣れ、いきなりリーダーシップを発揮して先生を驚かせる。(母親談)
▽6月に中国から転校生がやって来たが、先生から「よろしくね!」と、隣の席に任命される。初めて会った外国人。すぐに仲良くなり、その子の家にも遊びに行き、本物の中国人が皮から作る餃子を食べる。酢醤油との出会い。
▽『はれときどきぶた』を読んで恐怖を覚える。本当にぶたが降って来たらどうしようと不安になる。
▽教室掃除の手伝いに来ていた6年生のお姉さんを好きになる。

8歳  
▽ビックリマンのシール集めにハマる。
 一緒に買いに行ったお小遣い金持ちの友だちに、ビックリマンチョコのチョコを貰って食べていた。
 集めたシールはファイルを買ってもらい、それにすべてファイリングして眺めていた。この頃から収集癖が。

9歳
▽ドッチボールと野球にハマる。
 休み時間はドッチボール、放課後は野球、当時は近鉄の野茂、巨人の桑田、の投球フォームを真似る。
 お小遣い制ではなかったため、プロ野球チップスは滅多に買えず、たまに買っても野茂が出ないのでハマらなかった。
▽誕生日プレゼントに「チョコレートケーキ丸ごと1個!」とお願いし、叶えられる。3日か4日かけて完食する。
▽学級委員に選ばれ始め、以降毎年学級委員に。リーダー気質というより、ただの目立ちたがりだった?
▽オールブラックのマウンテンバイクを買ってもらう。買ってと頼んだのではなく、凝り性の父親のお陰でゲット。
▽眼科で医者が「お母さんのせいでこの子のアレルギーがひどくなったんだよ」的なことを言い、「お母さんは悪くない」と涙目で思う。
 翌月から、「1人で行けるからお母さんは来なくていい」と宣言し、1人で通院を始める。
▽姉の影響で、赤川次郎にハマる。三姉妹シリーズや三毛猫ホームズなど、市立図書館で読みつくす。
▽父と姉の影響で、少林寺拳法を習い始める。初めての習い事。

10歳
▽ドラゴンボールとガンダムのカードダス集めにハマる。
▽友だちの家に通ってジャンプを読む。ドラゴンボール、るろうに剣心、忍空、スラムダンク、アウターゾーンなどジャンプ黄金期だった。
 また、女の子の友だちの家に通って、りぼんとマーガレットを読む。
友だちの家に入り浸るが、門限を破って締め出され、泣きながら親に謝って許してもらった。
 ということが、懲りずに3回くらいあった。
▽友だちのお兄ちゃんに『僕らの』シリーズの文庫を15冊くらいもらい、ハマる。学校図書館ではムーミンにハマる。家ではさくらももこのエッセイにハマる。
 
11歳  
▽近所の友だちにつられてそろばんを習い始める。算数や計算が好きだったので、熱心に通う。
 同時に、アルバイトの先生(女子大生)にハマる。困らせたりいじめたり、時に怒られたりしながら、1時間でいいのに、始めから終わりまで3時間くらい居続けたりしていた。
▽林間学校の宿でかくれんぼしようぜと言って始めるも、押入れに隠れた子が熱センサーに反応し、火災警報が鳴ってしまう。すぐさま近くにいた子たちとトイレに逃げ込み、説教を免れるも、逃げ遅れた説教の犠牲班との間に気まずい空気。

12歳  
▽少林寺拳法を一番頑張った一年。
 それまで団体の部か個人の部に出ていたが、県大会で父親と親子の部に出場し、1位獲得。全国大会出場。
 父親がすごく嬉しそうだったことが、最高に嬉しかった。
 初段をとって、中学進学・部活入部を理由に辞める。
▽『すごいよマサルさん』『伝染るんです』などシュールな漫画にハマる。
▽かなり自由人な男友だちに憧れる。好きな人いる?と聞かれると、その友だちだと言っていたが、実際は「ああなりたい」という理想だった。授業中に爆竹を鳴らしたり、偽造テレカを持っていたりというやんちゃな子だった。(今は真面目に働いてます)
▽夏の夜に近くの林でカブトムシ捕りにハマる。

13歳  中学校入学
▽6年ぶりのスカートでの中学の入学式、友だちに盗撮されキレる。
▽小学校で卓球クラブに入っていたので卓球部に入ろうと思っていたが、気づいたらソフトボール部に入っていた。3年生に惚れる。
▽クラスの男友だちに「男だったらよかったのに」と言われ苦笑いを返す。「でも、女でもこんなに仲良くなれるのは圭ちゃんだけだよ」と言われ、複雑な気分。
 
14歳
▽“Cool trans”というファッション誌にハマる。“trans”て。笑
 雑誌の影響もあり、スニーカー、NBAのトレーディングカード、アメコミにハマる。
▽エアマックス狩りに遭う(学校の下駄箱から盗まれる)がめげずにまた買い、何足か集めた。
▽父親が買っていた雑誌の広告で、DAXというバイクに一目惚れ。バイクの免許を取るために貯金を始める。
▽友だちが江國香織の『きらきらひかる』という小説をくれて、江國さんにハマる。

15歳
▽修学旅行の奈良の大仏の大きさに感動。銀閣寺の庭にも感動。部屋や風呂の記憶はない。
▽成績で苦労はしなかったが、「授業を聞いていれば勉強が出来るのは普通のこと」という親に苦労した。笑
▽高校は「近いところ」「受験勉強が面倒なので絶対推薦で入れる公立」という条件で、地元の女子校へ。
 女子校へ行くことの抵抗はなかった。筆記以外の試験を受けるつもりがなかったので、どこでもよかった。
▽近所のこわもてのお兄さんが深緑のジャガーに乗っていて、そのかっこよさにハマる。なぜか「55歳になったらそれに乗ってやる」と自分に約束する。
 学校帰りなどに眺めていたのだが、そのお兄さんはいろいろあったようで、本人も車も消えてしまい、ジャガーが見られなくなったことがショックだった。
▽NIKEブームが落ち着き、adidasのスタンスミスにハマる。

16歳  高校入学
▽女子高に入ったのだからと、女子になりきるためにたくさんの努力を始める。下着、化粧、ルーズソックスなど、本当に涙ぐましい努力をする。
▽夏休みからバイトを始める。制服のない自由な居場所を獲得し、またバイト仲間は全員大学生で、とにかく稼ぎまくり、遊びまくる。
 あまりに一生懸命働いたため、親に授業はちゃんと受けなさいと注意される。
▽原付の免許を取りたいと親に話すが、危ないから賛成しかねると言われる。
▽ムカつく眼科を卒業し、電車に乗って優しい女医さんの眼科へ通う。
女医と言っても、母ぐらいの年だったけど。笑
▽コンバースのジャックパーセルにハマる。

17歳  
▽バイトだけで高校での思い出のない生活に疑問を感じ始める。
 ちょうど生徒会選挙をやっていたので、どうせなら一番がいいなと思い、無所属から生徒会長に立候補。
 当時は猿みたいな髪型の金髪、両耳にピアス5個?6個?とかって感じだったので、何人かの先生達に立候補を辞めるよう諭される。
 しかし、それが逆に火をつけて、髪を黒に戻し、ピアスも全部外して選挙に挑む。
 高校時代の記念のつもりが当選。
 やると決めたからには応援してくれた人たちを裏切れないと思い、真剣に2年〜3年の1年間生徒会長をする。
▽しかし夢を諦められず、朝5時に起きて「免許取ってきます」と書置きを残して免許センターへ。原付免許取得。バイトの先輩にDioを借りて行動範囲が広がる。
▽コンバースのワンスターにハマる。

18歳  
▽文化祭バンドを結成。ブルーハーツをやる。ギター担当。ただしセカンド。笑
▽『サイコメトラーEIJI』の志摩さんのプロファイリングに憧れたこと、他にも諸々の理由から、大学では心理学を専攻することを決める。
 授業が好きだった社会科の先生の「浪人生活はとても身になる時間だ」という言葉を聞き、あっさり浪人生に。
▽写真を撮ることにハマる。被写体は空。
▽姉の影響でハマっていたJUDY AND MARYが解散。
 卒業式の前日だったが、東京ドームのラストステージを観に行く。1曲目から泣く。
 翌日、自分の卒業式で後輩の送辞に号泣、友だちの答辞で号泣、自分の答辞は何を言っているのか分からず状態。最後の最後に失敗した。

19歳  
▽某有名予備校の本校に都心まで通う。まったく友だちを作らずに過ごした1年間。
 しかし、素晴らしい先生方との出会いがあった。親以外で尊敬できる大人に初めて会った。
▽受験シーズンに入る直前、楽しく過ごしたクリスマスの翌日から寝込む。年越しにMAXで悪化し、元旦の早朝から緊急病院へ搬送も、検査技師不在により、帰される。
年末からほぼ飲まず食わずの1週間を過ごし、年始の4日に病院が開いてすぐに受診、即入院決定。
「これじゃ受験無理かもね」と言われ、頭が真っ白に。それから3日間くらいの記憶がない。
 たまたま入院した階のナースは可愛い人揃いで、起き上がれるようになってからはナースステーション前で過ごすようになる。
 血管が出にくい体質?らしく、採血も点滴もナースたちに嫌がられたが、その分物理的接触が多くて「退院したくないな」とさえ思ったり思わなかったり。
 脈をとられたり血管を探られたりする手の動きには、今でもグッとくる。
 2週間くらい入院して、なんとか受験に間に合う。そして、試験問題のほとんどが分からなかったにも関わらず、奇跡の合格を果たす。マークシート万歳。
▽またNIKEブーム到来。

20歳 大学入学
▽とにかく、遊びまくる。色んな意味で。
▽地元の居酒屋でバイトを始める。シェーカーを振るのが好きだった。  
▽祖父が免許を返したため、カブを譲り受ける。初のマイバイク。
 しかし、バイト先のマスターに「新聞屋かよ!原付かよ!だせぇな!」と笑われる。
▽よーちゃん(小松)と初めて会い、純とも初めて会う。この時は「純くん」と呼んでいた。笑
 よーちゃんはすごく社交的でしゃべりまくる間柄になるが、純はあんまりしゃべらないのでネットやメールで意思疎通を図ることのほうが多かった。

21歳
▽純のライブで、にのと初めて会う。
 にのは年上だけど、初めて会った時から普通に話していた。敬語もあっさり終了。
ノーホル・ノーオペでも努力したらイケる人もいるんだ、とすごい驚いた記憶がある。この時はまだ尊敬していた。笑
▽お金が貯まり、車の免許を取る。1ヶ月くらいで教習所を卒業し、免許証を手にした翌日、初運転で栃木県佐野市にあるアウトレットまで下道で行く。ドライブにハマる。

22歳
▽1人暮らしをはじめる。人生で一番ひどい落ち込みを経験する。
毎日部屋から空の写真を撮っていた。暗っ。
 中越地震をきっかけにして立ち直り、ゼミ内で奇跡の復活劇を演じる。
▽姉に手紙でカミングアウト。別にいいんじゃん?と返事をもらいホッとする。
▽VANSのSK-8にハマる。

23歳
▽4年間の集大成である、卒業論文の執筆。
 GID、同性愛、インターセックスの3つをセクシャルマイノリティとして、文献研究をした。
▽履歴書の性別欄が気になって、夏休みに入っても就職活動をすることが出来ず、困り果てていたところに、先生から進学を勧められる。
 2つ返事でOKし、受験して、大学の入試に続いて人生二度目の奇跡を体験。
▽親に進学のお願いと同時に、自分の状態と今後について初めて打ち明ける(カミングアウト)。
▽1人暮らし解消。実家に帰る。
▽お金が貯まり、中免を取りに行く。
 背が小さいので限定を勧められるが、400ccのバイクを起こせたので無事入所。
 しかし、第一段階の見極めの日に記録的な大雨の中、運転中に転び、タンクが恥骨にクリーンヒット。
 さらに、焦ってバイクを起こそうとしたら腰を痛め、体を起こせなくなり、教習を中断して病院へ。
 MTバイクにトラウマができ、そのまま期限が切れる。12万が・・・。
 自分が入所した翌月から、中免のAT限定免許の発行が開始され、自分の判断ミスを恨む。(原付以上ならなんでもよかった。)
▽“自分らしさ”というものを教えてくれた、大切な友だちが出来る。
▽この年の春に、GIDmedia結成、埼玉県にNPO法人格取得申請。年度末に「NPO法人GIDmedia」が誕生。

24歳  大学院入学
▽受験がアレだったため、周りとの差に引け目を感じて落ち込み、辞めることを考えるも、「自分ならではの視点がある」と気づいて思いとどまる。
▽GIDmediaの活動が認められ、県から助成金をもらう。それを使って特別講演会を開催し、冊子を作成。
 冊子作りは純とにの宅に泊まりこみ、1日の区切りが分からなくなるほど集中して完成させた。完成品を見たときの達成感は忘れないかも。スタッフの連帯感もいっそう強まる。
▽ジャックパーセル熱再来。ヤフオクでちまちまと集め始める。
    
25歳
▽NPOの活動が本格的に始動。
 仕事として、ビジネスとして、いつかは当事者や協力者の雇用を目標として頑張り中。
 同時に、修士論文の執筆にも全力で取り組んでいます。
 楽しさもあって、ついGIDmediaの活動のことばかり考えてしまうけど、きちんとやり遂げて卒業したいと思います。
posted by GIDmedia at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 渡邉
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