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2007年03月10日

入学・新生活/小松

今月は「入学、新生活」というテーマです。そんな季節なんですね。

そんなことを身近に感じなくなって久しいですが、
思い出すと、新しい環境になるということは、僕にとって、いいチャンスであったようにおもいます。

もちろん不安なこともありましたが、歳を重ねるごとに大きな転機のときは、
今度は自分に嘘をつかずに済むかもしれないと、期待して臨んでいました。

中学に入る頃は、制服に悩まされました。
スカートを履かねばならないプレッシャーがありましたし、
仲良くしていた男子が急に冷たくなり、仲良くしてくれなくなってしまいました。
けれど、それのおかげか、自分が女であることに改めて気付かされたのです。
男子の学生服を着たいとごねましたが、無理でした。

高校に入るときは、女子校でしたが私服の学校だったので、服装には悩まされずに済みました。
入学式だけは、スカートをはかされましたが。

ただ、女だけの入学式にとてもショックを受け(女子校だから当然なのですが)、
やっていけるのか、不安で仕方がありませんでした。

しかし、うちの学校は割と特殊で、
入ってしまうとその中で男性役割の人間と女性役割の人間とがなんとなく分かれ、
僕は前者にうまいこと流れることができました。

卒業する頃にはすっかり自分が男性だと言わんばかりになりましたし、
そんな自分を周りもなんとなくキャラとして受け止めてくれるようになりました。

大学は県外に出ることになり、
自分を知らない人が大半を占めるようになったため、いい転機になりました。
周りが自分を知らないということは、
自分がこうである、ということを植え付けやすいからです。

大学に入ってすぐにゼミでカミングアウトしました。
アイデンティティもある程度確立していたのもあいまって、
受け入れてくれる人とうまくつきあえればいいや、という気持ちからでした。
意外にもみんな興味を示してくれ、結局、ゼミ内では男性として扱ってもらえました。
最後まで否定した人もいましたが、四年かけて態度や言葉で説得し、
卒業のときは、ゼミだけでなくまわりの友人たちみんなが、
自分を男性だけの輪にいれてくれるようになりました。
そして、大親友の男からは、「お前がお前で、友達になれてよかった。感謝してる」と言ってもらえました。

それまでの道のりは、いろんな葛藤もあったし、嫌なことも言われたりされたりしましたが、
大半の人は、自分を個人としてみてくれていたようにおもいます。

東京に出てくるときも、自分が男性であることを改めて言わなくてもいい生活になりました。
それは、ホルモンをうちはじめたこともあるし、外見的なこともありましたが、
やはり、自分を知らない人の中に入ったときに、さりげないアピールをできるようになったせいかと思います。

例えば、服装や、声、トイレなど、ありとあらゆる場所で回りが「あれ?」と思ったとしても、
堂々としていれば、案外そういうものとして受け止めてくれました。

新生活、ただでさえ不安なことだらけです。
それはみんな同じでしょう。
だからこそ、逆手にとり、自分がこういう人間だと言うことをアピールし、
堂々としていくべきだと思います。

僕はいま、FTMなのに女の子のような恰好をしたりできるようになりました。
自分の中で、それはあくまでキャラと割り切れるからです。
普段はFTMであることを隠し、男性として振る舞っていますが、いろんな男性がいます。
長髪で女みたいな男性も、かわいいキャラクターが大好きな男性もいます。
それはいけないことではないし、だからといってそれが男性ではないとは言えないですよね。

僕は、大事なのは自分が何なのかを自覚するところにあると思います。
新生活は改めて、他人を知り、自分を知り、知らしめるチャンス。
不安もあるだろうけれどそんなふうに考えてみたら、気持ちは楽になると思います。
これから新生活を迎える人には、自信を持って頑張ってほしいと思います。
posted by GIDmedia at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松
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