親への初のカミングアウト。
それは、今考えれば、ただの押し付けだった。
苦し紛れの言葉を並べただけで、当然、何も伝わらず、
「あんたを殺して私も死ぬ」とさえ、言わせてしまった。
僕は母子家庭で育った。
母親は、誰にも打ち明けることはできない。
自分が長年苦しんできたことを、
結果として、親にも一人で背負わせるという現実は、
想像以上に厳しいものだということを痛感した。
数年後、カウンセリングへ通っていたことを、
保険証の関係で知られ、もう一度、話し合うことになった。
手紙、メール、話し合い、本を送ったり、何度も繰り返している。
現在では、僕の生き方を認めてくれてはいるが、
未だに揉めることも多く、根本的な解決には至っていない。
最近では、自分自身の生活が安定して、親の想いを考える余裕も生まれた。
親にも、親のペースがある。
世間体ではなく、治療に対しての副作用を誰よりも心配している。
何度も謝りながら、言葉を探す親を見て、
正直、僕よりも、もしかしたら辛いのかも知れないと感じるときもある。
親の気持ちを理解することは難しいけど、
怒ったり、感情的になったり、逆に平然と振舞っている親ほど、
心中は耐え難いものを抱えているのかも知れない。
ただ、隠し続けることが親孝行なのか?
もちろん、僕も、親が亡くなるまで、
GIDの話をするのは止めようと思ったときもあった。
しかし、親からも「隠し続けることは親孝行ではない」
という言葉を貰った。
親は、一緒に向き合い、乗り越えていく大切な存在だと思う。
だから、反対されたからと言って、親を無視しないで、
時間はかかっても必ず解り合える日がくると僕は信じている。
性同一性障害って何だろう?
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2006年12月10日
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