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性同一性障害って何だろう?
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2007年03月25日

入学・新生活/渡邉

いよいよ新年度、ということで、今月のテーマは「入学・新生活」です。

これは、誰にとってもチャンスの時期だと思います。
特に学生にとってはそうかもしれません。
しばらく会わない間に、もしくは初めましての人たちとの接触は、イメチェンのチャンスですね。

自分は大学入学がその時だったと思います。

大学入学のときは、やはり自分を知っている人がいないところに行く、というのがとてもスリリングだったなぁ。
新しいスタートを切れるんだとワクワクしていました。

私は男性として通学したい、ということは自覚していなかったのですが、
なんとなく女の子といたらダメだ、それでは今までと一緒だ、これからは変わるんだ、
という決意を密かに持ってました。

私は1年遅れて大学に入ったので、最初のオリエンテーションで現役生たちの若さを目の当たりにして
ちょっとひいてしまいました。
実際には1歳しか違わないのですが、本当に高校を出てきたばかりの初々しさというのを感じ、
友だちなんて出来ないだろうなぁといきなり諦めモードでした。

しかし、いざクラスごとに分かれてみると、どうも落ち着いた雰囲気の人が多い。
もしかして、と話しかけるとやはり同い年、あるいは年上!
うちのクラスはたまたま現役生が半数の20人ほどだったのです。
お陰でその日のうちに打ち解けられそうな人たちを見つけられました。
さらに、それらのほとんどが男だったのです。
また、専攻の女子に学内での喫煙者がいなかったため、
必然的にたまり場の喫煙所は男ばかり。
向こうは女の子として見ていたのでしょうが、男の中にいる自分がとても居心地よく感じました。

そんな居心地のよさはクラスでの授業が多い2年生まで続いたのですが、徐々に女子ともいるようになりました。
きっかけは、男女別の体育の授業でした。
女子更衣室に入ることが後ろめたかったので、
初めはトイレで着替えていたのですが、顔見知りが増えるに連れて、
「なんで更衣室で着替えないの?」と言われるようになり、変だと思われたくない気持ちが勝ってしまい、
苦渋の選択をせざるを得ませんでした。

性別に関わらず、それがきっかけでいい友人とめぐり合えたのですが、
やはり女子の中にいるとなぜかクセで女子を演じてしまい、
それ以降は自分の方が「やっぱり女子かぁ」という諦めもあって、
男友だちとの間に壁を作ってしまったように思います。
エロ話が出るとその場を離れたり(同じ目線で下ネタを語る勇気は無かった)、
ゲームの話になると「やっぱり自分とは違う」なんて思って徐々に距離が遠くなってしまいました。
自分はRPGもスポーツもまったく興味が無くて、そのときはワールドカップでプレステでサッカーをやるのが
当たり前、みたいな流れだったんですけど、自分はテレビでサッカーを観る方がよっぽど好きだったのです。
別にゲーム好きな女子もいますし、ゲームに興味のない男性もいるのに。
自分の思い込み(ジェンダーバイアス)がすごくあるんだと今も思います。

2年に上がった時、ある女の子の友だちから、
「入学してしばらくは圭ちゃんのこと男だと思ってた。それが体育の授業が一緒ですごい驚いたよ!
 ほんとごめんね、男と間違ってて!」
と謝られました。
周りにいた子は「カワイソー!ちゃんと謝りなよ〜」なんて言ってたのですが、
自分は男だと思われていたことが嬉しくて、ついへらへらしてしまいました。

人の目を気にせず、堂々としていたら、案外パスできるものなんだ。

そんな風に気づきました。

例えば、電車の定期を買うとき、びくびくしながら男に○をつけて窓口に持って行ったのですが、
窓口のおばちゃんから渡された定期には「女」となっていました。

けれど、どうせだめだろうなと女に○をして何気なく窓口に行ったとき、
「女性の方でいいんですよね?」と聞かれました。

「???」


自然でいたらパス率が上がってる!?


自分が女に見える、男に見えるということよりも、
自然にしていることで自分の素が出たり、堂々としていることで相手が納得することがあります。

女に見えても男に見えても、場合によっては「女の子っぽい男の子」なんて見られれば結果オーライ。


これから新生活デビューをする人は、とにかく自然に、当たり前の自分でいることを心がけるといいと思います。
ばれるとかじゃなく、人として認められていけば、そのうち仲良くなった人たちには自分の個性がわかってもらえる
はずです。
ある程度認められたと思ったら、次は自分の希望を伝えたらいいのです。
講演会で小野君も言いましたが、世の中には「変わらないことが優しさ」だと思っている人がいます。
もちろんそうである部分もあると思いますが、変えてもらうことを自分が望むなら、
それは自分が主張するしかありません。特に上のような人には強く主張する必要があるでしょう。

相手はエスパーではないのだから、自分の願望を事細かに分かることなんて口にしない限りは出来ません。
初対面か、仲良くなってからか、どのタイミングでそれを求めるかは人それぞれでしょうが、
最終的に「自分が望むこと(扱われ方、生活など)」は、与えられるのではなく自分で作るのだと思います。


自分で書いてて、「お前も頑張れよ」と今自分に思いました。
posted by GIDmedia at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 渡邉

2007年03月17日

入学・新生活/園田

新生活。自分のキャラを確立させるには絶好のチャンス。
例えば高校や大学の入学時とか入社時とか。
過去の自分を知らない人が大半を占める環境に足を踏み入れる時は
自分がどう扱われたいのかを考えて
そのキャラを前面に出していくべきだと思う。

そういえば、高校選びの条件を前にここで書いたことがあったが
『自分の中学から行く人はほとんどいないような高校』を選ぶ、というのも1つあったなと今思い出した。

特に中学時代に自分の素をあまり出せずに過ごしてしまった人は
自分を変えるチャンスだから
知ってる人がほとんどいない環境を作るために
そういう高校(大学)を選ぶというのも1つの手であると思う。

(FTMの場合)中学の頃に男っぽさを出せていて、男っぽい扱いをされていた人は
キャラがすでに確立してるのだろうからそのまま行けばいい。
カミングアウトしたければすればいいとも思う。
しょっぱなからカミングアウトするってかなり勇気のいることかも知れないけど
逆にそれによって一気に親密になれる可能性も秘めている。
周りの人からしても、仲良くなってから途中で「実は・・・」と言われるより
最初に言われた方が心理的抵抗は少ないんじゃないかなぁと個人的には感じる。
(いつ言おうが大抵は受け入れてくれるけれども。)

女の子として付き合ってきた友達にある日突然「実は男なんだ」と言われても
いきなり男として見るのは難しいと思う。
出会ってまもなく言われた場合は「へえ、そうなんだ〜」程度で終わる気がする。
その人のイメージというものがないから、最初にカミングアウトしてしまえれば
女というイメージがないまま男として受け入れてもらえる。
(外見が可愛らしい女の子だったら難しいだろうけど。)

そこで興味持った人はもっと聞いて来てくれるし
もし受け入れられなかったらその人は自然と距離を置いていくだろう。
経験上から言えば、「そんなの関係ないよ」って言って
本当にそれを態度で示してくれる人が多い。

まぁこれは自分がGIDであると確信してる場合であって
そうじゃない人はいきなりカミングアウトなんて出来ないので
やっぱりキャラとして前面に押し出していくのがいいと思う。
無理に隠そうとするからツライのであって
カミングアウトはしないにしても、自分のキャラとして『抑え付けていた自分』を出してしまえば
案外まわりは自然に受け入れてくれる。

もちろん、過度に男っぽさを強調したりしたら逆効果だけど。
そこを見極めるのは難しいのかも知れない。
若い子はそれをやってしまいがちなようだ。
どう見ても女の子にしか見えなかったりするのに、何の努力もせず「オレは男だ!」って言い張ってもね・・・
やはり周りが自然に受け入れることが出来るレベルの中身が必要なのは言うまでもない。
自分の中身及び外見以上のものを周りの人間に求めるのは間違いだと思う。

だからキャラを押し出すって言っても、極端にやってしまうのはよくない。
それじゃただの変な人だ。
あくまで周りが自然に受け入れられるレベルで本来の自分の姿を見せていく。

外見的に男には見えないのであれば、いきなり男扱いしてもらおうとしなくてもいいじゃないか。
少しずつでも自分の素を見せるようにしていくと
周りも自然と男っぽい扱いをするようになっていくはず。
カミングアウトをしていない場合は、完全な男扱いをしてくることはないだろうけど
それでも普通の女の子として扱われるよりは断然ラクなはずだ。

そこから先はもう自分次第。
“男っぽい”扱いは嫌で、男として扱ってほしいのであれば
そう扱われる人間になれるよう努力すればいい。
治療には一切進んでいなくても男として生活しているFTMも結構いる。
だから環境のせいにして自分では何の努力もせずにただ嘆いているFTMを見ると情けないなぁと思う。

自分にとって居心地のいい環境というのは、自分の手で作り出せる。
新しい環境。ぜひ有効活用して欲しいと思う。
posted by GIDmedia at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 園田

2007年03月10日

入学・新生活/小松

今月は「入学、新生活」というテーマです。そんな季節なんですね。

そんなことを身近に感じなくなって久しいですが、
思い出すと、新しい環境になるということは、僕にとって、いいチャンスであったようにおもいます。

もちろん不安なこともありましたが、歳を重ねるごとに大きな転機のときは、
今度は自分に嘘をつかずに済むかもしれないと、期待して臨んでいました。

中学に入る頃は、制服に悩まされました。
スカートを履かねばならないプレッシャーがありましたし、
仲良くしていた男子が急に冷たくなり、仲良くしてくれなくなってしまいました。
けれど、それのおかげか、自分が女であることに改めて気付かされたのです。
男子の学生服を着たいとごねましたが、無理でした。

高校に入るときは、女子校でしたが私服の学校だったので、服装には悩まされずに済みました。
入学式だけは、スカートをはかされましたが。

ただ、女だけの入学式にとてもショックを受け(女子校だから当然なのですが)、
やっていけるのか、不安で仕方がありませんでした。

しかし、うちの学校は割と特殊で、
入ってしまうとその中で男性役割の人間と女性役割の人間とがなんとなく分かれ、
僕は前者にうまいこと流れることができました。

卒業する頃にはすっかり自分が男性だと言わんばかりになりましたし、
そんな自分を周りもなんとなくキャラとして受け止めてくれるようになりました。

大学は県外に出ることになり、
自分を知らない人が大半を占めるようになったため、いい転機になりました。
周りが自分を知らないということは、
自分がこうである、ということを植え付けやすいからです。

大学に入ってすぐにゼミでカミングアウトしました。
アイデンティティもある程度確立していたのもあいまって、
受け入れてくれる人とうまくつきあえればいいや、という気持ちからでした。
意外にもみんな興味を示してくれ、結局、ゼミ内では男性として扱ってもらえました。
最後まで否定した人もいましたが、四年かけて態度や言葉で説得し、
卒業のときは、ゼミだけでなくまわりの友人たちみんなが、
自分を男性だけの輪にいれてくれるようになりました。
そして、大親友の男からは、「お前がお前で、友達になれてよかった。感謝してる」と言ってもらえました。

それまでの道のりは、いろんな葛藤もあったし、嫌なことも言われたりされたりしましたが、
大半の人は、自分を個人としてみてくれていたようにおもいます。

東京に出てくるときも、自分が男性であることを改めて言わなくてもいい生活になりました。
それは、ホルモンをうちはじめたこともあるし、外見的なこともありましたが、
やはり、自分を知らない人の中に入ったときに、さりげないアピールをできるようになったせいかと思います。

例えば、服装や、声、トイレなど、ありとあらゆる場所で回りが「あれ?」と思ったとしても、
堂々としていれば、案外そういうものとして受け止めてくれました。

新生活、ただでさえ不安なことだらけです。
それはみんな同じでしょう。
だからこそ、逆手にとり、自分がこういう人間だと言うことをアピールし、
堂々としていくべきだと思います。

僕はいま、FTMなのに女の子のような恰好をしたりできるようになりました。
自分の中で、それはあくまでキャラと割り切れるからです。
普段はFTMであることを隠し、男性として振る舞っていますが、いろんな男性がいます。
長髪で女みたいな男性も、かわいいキャラクターが大好きな男性もいます。
それはいけないことではないし、だからといってそれが男性ではないとは言えないですよね。

僕は、大事なのは自分が何なのかを自覚するところにあると思います。
新生活は改めて、他人を知り、自分を知り、知らしめるチャンス。
不安もあるだろうけれどそんなふうに考えてみたら、気持ちは楽になると思います。
これから新生活を迎える人には、自信を持って頑張ってほしいと思います。
posted by GIDmedia at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松

2007年03月05日

3月テーマ「入学・新生活」/二ノ宮

新生活は、期待と不安が入り混じる人生のひとつの転機だと思います。

ところで、皆さんは、友達が欲しいですか?
僕は、友達が欲しいです。人と喜怒哀楽を共にしたいです。
僕の性格は、人とワイワイやっていることが好きだから、
人との繋がりを大事にしたいと思っています。
ですから、今回は、学校の新生活(主に友人関係)に的を絞って書きます。
僕は、保育園→小・中学校→高校→大学→専門学校という学校生活を経てきました。

小学生から中学生にかけての僕は、
男と遊んで、女と遊んで、いつも男女の間を駆け巡っていました。
しかし、一方で男と女の距離が思春期に入ると少しずつ変化していくことが冷静に見えました。

僕の思春期、心と体はアンバランスのまま成長していきます。
それが苦しくて、自分だけ置いていかれた気分になったり、
楽しく笑っていても、心から笑えない時期があったことも事実です。
しかし、僕は楽しいことが好きで、人と距離を置くことは止めました。

高校に進学しても、素の自分のまま、クラスでも男友達と仲良くなり、
昼飯も男友達と食べていました。
そんな生活を送っていたので、周りがどう感じていたかは知らないけれど、
男性女性との間に距離を感じることもなかったのです。
もちろん、声変わりしないとか、男女別の生活など
そういうものに関しては、虚しい想いは抱えきれないほどあったけれど、
友達との距離を変に意識することなく、楽しく過ごしていました。

しかし、大学へ進学が決まった頃のことです。
僕の人間関係の失敗は、自らが作ってしまった壁によって発生しました。

アルバイトも始め、少しずつ社会というものが見えてくるようになり、
僕は完全にビビッてしまったのです。

自分が何者なのかさえ解らない。
僕はやっぱり変なのか…ヤバイなぁ…
新しい環境じゃ引かれてしまうかな…今までみたいにはいかない。
女っぽいとこを出して、周りを安心させなくては…
と、自分で勝手にイメージを作り、思い込み、新生活へ突入してしまったのです。

ここで問題です。男性に問います。

今日1日だけ、女性として、生活してみて下さい。
そのときに男であることが絶対にバレてはいけません。
と言われたらあなたならどうしますか?

服装は女性物を身に付ければいいでしょう。
メイクをしても良いかも知れません。
しかし、仕草や口調、素の自分のままでいられますか?
あれ?女ってどんな話し方をして、どんな思考なんだっけ?と考えてしまいませんか?
世の中には、あなたと同じような性格や思考を持った女性も存在するはずなのに、
男ってことがバレてはいけない場合、変に女性ってことを意識せざるを得ないかも…と感じませんか?

あのときの僕は、まさにその状態でした。
いざ、「よし!女になろう!女として打ち解けた方がいい!」と決めた途端、
コミュニケーションが全くとれない(笑)
女性物のスーツに身を包み、軽くメイクなんてもんにも挑戦しました。
周りは僕のことを男性だとは思わないでしょう。
しかし、僕には、女がどう話して、どんな仕草で過ごしているのか、さっぱり解らない(笑)
「自分らしく」なんて思ってみても、
「女性」としてそこに存在していること自体、
僕にとっては「自分らしく」ではなかったのです。

大学へ入学してすぐ、学科の男友達3人に誘われ、夕飯を食べる機会がありました。
今なら、カミングアウトをしています。
しかし、あの時の僕には言葉は見つかりません。
本当は男と今までのように仲良くやりたい、
しかし、無理に女としての生活をしようとしていたから、本音は言えない。
そこで女友達のことを聞かれました。
それを答える僕は、完全にスパイ気分です(苦笑)
仕方ないと言い訳を並べ、自分を誤魔化し、周りも騙し、
女性として存在する僕は、本当にカッコ悪かった・・・。

ただ、幸いなことに、スポーツの学科だったので、
結局は、僕の素を出せる環境でした。
「オマエのボーイッシュは男だよ」と周りからネタにされることも多くなりましたが、僕にとって居心地は良かった。
男女共に仲良く過ごせる仲間がそこにはいました。

それから自分のことが解って、みんなにもカミングアウト。
周りは僕のことを理解しようとしてくれました。
ただ、一度ついてしまった女のイメージを消すことはなかなか難しいのが現実です。
僕は、約2年間も自分を誤魔化した生活を送ってしまったので、
その距離を縮めること、変化させることには時間が必要でした。

しかし、この生活があって、僕は女としては生きていけないと再確認することができたと感じています。
本当に悩んで、苦しんで、あの頃は、毎日、頭の中がぐちゃぐちゃでした。
でも、一体誰が悪いのか?周り?環境?世の中の価値観?
違います。僕が勝手に、悪いイメージを作っていたことが原因です。
結局は、自分で蒔いた種、自ら飛び込んでいったんですよね(笑)

大学での失敗を教訓に、
専門学校へは、最初から自分を誤魔化さず生きていこうと考えました。
周りが性別不明の僕をどう感じていようが、朝、笑顔で挨拶をすることを心がけました。
あいつよくわからん奴だけど、いい奴そうだな…最初はそんな単純なものでいいのだと思います。
無理せず、飾らず、自然体で…僕は男友達を作ることに徹しました。
「性同一性障害」という難しい単語を並べるよりは、
自分で壁を作らないで、自然にご飯に誘ってみたり、遊びに誘ったり、
そういう中で人間関係が生まれてくるのだと思います。
独りぼっちで座っている男にも声をかけて話してみることもありました。
戸籍上は男じゃないから…とか、自分に劣等感を持たないで、
コミュニケーションを図り、早い段階でカミングアウトしました。
あとは、ゆっくり時間をかけて、お互いのことを知っていけばいいのだと思います。
結果として、僕はかなり楽しい学生生活を送ることができ、
男子生徒として通学することもできました。

現在、存在している場所が、
大学時代の僕のように自分を誤魔化している場所だという人もいるでしょう。
そしたら、もう1つ新しい居場所を自分で作り、
そこで自信をつけることも、ひとつの方法かも知れません。
性同一性障害を理由に人と壁を作らず、劣等感を持たずに、行動してみれば、
意外とありのままの自分で生活できる環境は作れるのだと思います。

外見や戸籍、名前を気にしてばかりで、人と距離を作ってはいませんか?
自分は性同一性障害だから…と言い訳を並べたり、自分を特別視してはいませんか?
新生活というものは、きっとほとんどの人が、度合いは人それぞれだけど不安を抱えていると思います。
そして大半の人は、人と繋がりを持ちたい、友達が欲しいと思っているでしょう。
だからこそ、逆にチャンスだと僕は思います。
あなたは自分をどのように表現しますか?
posted by GIDmedia at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 二ノ宮