カミングアウト - 自分が、社会一般に誤解や偏見を受けている少数派の主義・立場であることを公表すること。
そのような、リスクの伴う行為を何故わざわざするのか。
その理由は人それぞれだとは思いますが・・・
僕の場合、最初の頃は、ただ自分を分かってもらいたかった。
女という鎧を着せられた自分ではなく、本当の自分、ありのままの姿の自分を受け入れて欲しかった。
カミングアウトの相手が友人・知人である場合、このような理由からカミングアウトをしても、そこまで大きなリスクはないと思います。
自分の意思をしっかり持っていて、それをきちんと説明することが出来れば
多くの場合は分かってもらえるだろうし
例え分かってもらえなくても、その人とはご縁がなかったと思えば
(残念ではあるけれど)仕方がないと諦めることも出来ます。
しかし、相手が家族、特に【親】となると・・・
そう簡単にはいきません。
きっと多くの当事者が同じようなことを一度は考えたことがあるのではないかとは思いますが、
「カミングアウトによって気まずくなってしまうなら言わない方がいいのではないか」
「知らないままの方が、家族は幸せに暮らしていけるのではないか」
「もし受け入れてくれたとしても、その後、苦しませることになってしまうのではないか」
というような思いが、ずっと僕の頭の中をグルグル回っていました。
一生に関わる大きな問題だからこそ、家族には言えない・・・
この世に生を受けた瞬間から愛情を注ぎ続けてくれた家族だからこそ・・・
万が一、自分のカミングアウトによって家族が周りの人間から非難や偏見の目を向けられるようなことにでもなれば、きっと大きな後悔をするでしょう。
「言うべきではなかった」
後悔し、自分を恨んだところで、元の状態に戻すことなど不可能。
そんな恐怖を想像してみることは、とても大切なことだと思います。
それでもカミングアウトをしようと思えたなら、それはカミングアウトをしてもいい「時」なんだろうと思うのです。
自分で責任を持つという覚悟が出来ているのだろうし、自分に自信があるのだろうから。
僕は、治療に進む決心をした時に、家族へカミングアウトをしました。
何年もずっと言えないままだったのに、ある時ふと
「今なら言っても大丈夫だろう」と思えたのです。
(それでもやはり、告白するには相当の勇気が必要でしたが。)
そして、ありがたいことに、あたたかく受け入れてもらうことが出来、
長い間ずっと抱えていた不安や恐怖は消え去りました。
この家族で良かったと、本当に心からそう思いました。
親へのカミングアウト。
決して焦る必要はないと思います。
その「時」は、いつかきっと訪れます。
自分自身の状況、家族の状況。
同じ当事者であっても、みんなそれぞれ違います。
カミングアウトをしない、という選択が必要になる事も、もちろんあります。
最終判断を下すことが出来るのは自分のみです。
まずは、自分としっかり向き合おう。
そして自分に自信を持てるようになろう。
カミングアウトはそれからでも遅くはありません。
そして、同じような悩みを抱えている当事者はたくさんいます。
同じ境遇に置かれた人と話をしてみることが
何かのきっかけに繋がるかも知れませんよ。
共に前進していけるような仲間に出会えたなら
それほど頼もしいことはないと思います。
GIDmediaでは、定期的に交流会等を開催していますので
機会があれば参加してみてください。
性同一性障害って何だろう?
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2006年12月24日
2006年12月17日
親へのカミングアウト/渡邉
カミングアウトをこれからしようと思っている人へ
カミングアウトをする前に、少し考えてください。
カミングアウトは何のためにするのでしょう。
自分を知ってもらうため、分かり合いたい、治療や改名のために許可が欲しい、よりよい関係を作るため、自分の苦痛を減らすため、
わかってもらいたい、という気持ちはすごく分かります。
わかってもらえることで、自分の辛さが軽減することもあるでしょう。
励ましてもらえるかもしれないし、一緒に泣いてくれるかもしれない。
ただ、カミングアウトは相手にもつらさや苦しみを背負わせてしまう可能性もあることを心に留めておいて欲しいです。
特に、親の場合はその可能性が高い。
場合によっては、自分以上に苦しませてしまうかもしれないです。
自分が今まで言えなかったことをカミングアウトするのと同じくらいに、その相手も、もしかしたら誰にも相談できないままに1人で悩み苦しむかもしれない。
杉山文野くんはカミングアウトを「今まで自分の持ってきた辛くて苦しいバトンを渡すこと」と言っていたが、本当にそうだと思います。
カミングアウトは解決ではなく始まりです。
そこから新たな自分と相手との関係が始まるのです。
だから、カミングアウトする前に、カミングアウトした後のことも考えてみてください。
それを聞いて親はどう思うだろう、どんな気持ちになるだろう、カミングアウトで何を分かってもらいたいのだろう、自分は何を求めているのだろう、本当にカミングアウトすることが必要なのだろうか、
どんなカタチでも、ショックを受けない親はいないと思います。
それでも伝えたいという思い、背負わせるのではなく一緒に考えていきたいという気持ち、その覚悟は必要かなと個人的には思います。
自分の苦しみを相手に押し付けるのではなく、よりよい関係になるためのカミングアウトのカタチを自分なりに考えてみてください。
カミングアウトをする前に、少し考えてください。
カミングアウトは何のためにするのでしょう。
自分を知ってもらうため、分かり合いたい、治療や改名のために許可が欲しい、よりよい関係を作るため、自分の苦痛を減らすため、
わかってもらいたい、という気持ちはすごく分かります。
わかってもらえることで、自分の辛さが軽減することもあるでしょう。
励ましてもらえるかもしれないし、一緒に泣いてくれるかもしれない。
ただ、カミングアウトは相手にもつらさや苦しみを背負わせてしまう可能性もあることを心に留めておいて欲しいです。
特に、親の場合はその可能性が高い。
場合によっては、自分以上に苦しませてしまうかもしれないです。
自分が今まで言えなかったことをカミングアウトするのと同じくらいに、その相手も、もしかしたら誰にも相談できないままに1人で悩み苦しむかもしれない。
杉山文野くんはカミングアウトを「今まで自分の持ってきた辛くて苦しいバトンを渡すこと」と言っていたが、本当にそうだと思います。
カミングアウトは解決ではなく始まりです。
そこから新たな自分と相手との関係が始まるのです。
だから、カミングアウトする前に、カミングアウトした後のことも考えてみてください。
それを聞いて親はどう思うだろう、どんな気持ちになるだろう、カミングアウトで何を分かってもらいたいのだろう、自分は何を求めているのだろう、本当にカミングアウトすることが必要なのだろうか、
どんなカタチでも、ショックを受けない親はいないと思います。
それでも伝えたいという思い、背負わせるのではなく一緒に考えていきたいという気持ち、その覚悟は必要かなと個人的には思います。
自分の苦しみを相手に押し付けるのではなく、よりよい関係になるためのカミングアウトのカタチを自分なりに考えてみてください。
2006年12月10日
親へのカミングアウト/二ノ宮
親への初のカミングアウト。
それは、今考えれば、ただの押し付けだった。
苦し紛れの言葉を並べただけで、当然、何も伝わらず、
「あんたを殺して私も死ぬ」とさえ、言わせてしまった。
僕は母子家庭で育った。
母親は、誰にも打ち明けることはできない。
自分が長年苦しんできたことを、
結果として、親にも一人で背負わせるという現実は、
想像以上に厳しいものだということを痛感した。
数年後、カウンセリングへ通っていたことを、
保険証の関係で知られ、もう一度、話し合うことになった。
手紙、メール、話し合い、本を送ったり、何度も繰り返している。
現在では、僕の生き方を認めてくれてはいるが、
未だに揉めることも多く、根本的な解決には至っていない。
最近では、自分自身の生活が安定して、親の想いを考える余裕も生まれた。
親にも、親のペースがある。
世間体ではなく、治療に対しての副作用を誰よりも心配している。
何度も謝りながら、言葉を探す親を見て、
正直、僕よりも、もしかしたら辛いのかも知れないと感じるときもある。
親の気持ちを理解することは難しいけど、
怒ったり、感情的になったり、逆に平然と振舞っている親ほど、
心中は耐え難いものを抱えているのかも知れない。
ただ、隠し続けることが親孝行なのか?
もちろん、僕も、親が亡くなるまで、
GIDの話をするのは止めようと思ったときもあった。
しかし、親からも「隠し続けることは親孝行ではない」
という言葉を貰った。
親は、一緒に向き合い、乗り越えていく大切な存在だと思う。
だから、反対されたからと言って、親を無視しないで、
時間はかかっても必ず解り合える日がくると僕は信じている。
それは、今考えれば、ただの押し付けだった。
苦し紛れの言葉を並べただけで、当然、何も伝わらず、
「あんたを殺して私も死ぬ」とさえ、言わせてしまった。
僕は母子家庭で育った。
母親は、誰にも打ち明けることはできない。
自分が長年苦しんできたことを、
結果として、親にも一人で背負わせるという現実は、
想像以上に厳しいものだということを痛感した。
数年後、カウンセリングへ通っていたことを、
保険証の関係で知られ、もう一度、話し合うことになった。
手紙、メール、話し合い、本を送ったり、何度も繰り返している。
現在では、僕の生き方を認めてくれてはいるが、
未だに揉めることも多く、根本的な解決には至っていない。
最近では、自分自身の生活が安定して、親の想いを考える余裕も生まれた。
親にも、親のペースがある。
世間体ではなく、治療に対しての副作用を誰よりも心配している。
何度も謝りながら、言葉を探す親を見て、
正直、僕よりも、もしかしたら辛いのかも知れないと感じるときもある。
親の気持ちを理解することは難しいけど、
怒ったり、感情的になったり、逆に平然と振舞っている親ほど、
心中は耐え難いものを抱えているのかも知れない。
ただ、隠し続けることが親孝行なのか?
もちろん、僕も、親が亡くなるまで、
GIDの話をするのは止めようと思ったときもあった。
しかし、親からも「隠し続けることは親孝行ではない」
という言葉を貰った。
親は、一緒に向き合い、乗り越えていく大切な存在だと思う。
だから、反対されたからと言って、親を無視しないで、
時間はかかっても必ず解り合える日がくると僕は信じている。
2006年12月03日
12月テーマ「親へのカミングアウト」/小松
親へのカミングアウト。
このテーマは重たいですね。同じ悩みを持った人間なら必ずと言っていいほど通らなくてはならない、一番辛い出来事かもしれません。
僕の経験談を致しますと、親に真剣にカミングアウトをしたのは20歳くらいの頃でした。親に手紙を書いたんです。
「話さなければならない事がある。けれど勇気が出ないから少し自分と向き合うためにカウンセリングに通っている。心配しないで少し時間を下さい」
こんな内容だったように思います。
親としては、子供がこんな内容の手紙を書いてきたらビックリしますよね。案の定、「なにがあったんだ!?」ということで電話がかかってきました。
もう少し時間がほしかったのは本音で、手紙でそんな事を書いた自分が間違ってたと、後になって反省しました。
そのかかってきた電話で、初めて、真面目にカミングアウトをしたんです。
「自分は性同一性障害で、本当は男だと思ってる。手術までして男としていきたい」と。
小さい頃から僕は泣き虫だったのですが、そのときもまくし立てられるような聞き方をされてしまったし、手紙のことを反省したのもあって、泣きながらのカミングアウトでした。
電話の向こうで母親が自分を罵声する声もあまり耳に入ってこないくらい、頭の中が真っ白でした。
父親もなぜか電話の向こうで「許さんぞ!!」と叫んでて。
その時は「もう一度考え直すように」と言われてすごすごと引き下がったんです。
でも、カウンセリングにはきちんと通っていたし、そういうことを主治医に話してみました。
担任のカウンセラーにもお話しました。
それで、その数ヵ月後に、もう一度、そういったお互いが興奮状態にならない状況でカミングアウトをさせてもらう機会を設けてもらい、改めてカミングアウトしました。
その時は冷静に、きちんと伝える事もできましたが、親としては、まだ信じられないといった感じでした。
その後何回も話し合いを繰り返してきました。
母親は何度も葛藤した様子で
時々電話をかけてきては、まだ信じられないといってみたり、理解してみる、と言ってみたり、心が揺れ動いている様子でした。
それがある日、悲しくも生まれてこられなかった僕の兄の話になり「あの子が生まれてきたかったんだね。あんたの身体をかりて生まれてきたかったんだね、生きたかったんだね」と言われました。
それから、僕はなんとなく、自分の中に二つの魂を貰ったような、そんな気持ちでココまで生きてきました。
親へのカミングアウトは、正直な話、とても難しい事だと思います。切っても切れない縁の人には怖くてなかなか言えないと思います。言わないと言う選択肢も考えられます。
ただ、僕はずっと偽り続ける事ができなかっただけなんです。
自分が楽になりたかったから、自分を自分として認めてほしかったから、小さな勇気を振り絞りました。
これからカミングアウトしようとしている人たちへ。
言う段取りは、少し考えて、親のショックを和らげてあげる方法をさがしてあげてください。
カミングアウトをすればいつか必ず、わかってくれる日が来ると思います。
親は、いつまでも自分の親ですから。僕個人の意見としては、言ったほうが楽になるような気もします。
でもこれは各個人の責任の上にあり、それぞれの事情があると思います。これ以上は、なんともいえません。
今では、両親ともに僕の事をある程度認めてくれるようになっています。
未だに名前は昔のままで呼ばれてますが、 死ぬまで一緒に背負って理解しようとしてくれている親には感謝しています。
このテーマは重たいですね。同じ悩みを持った人間なら必ずと言っていいほど通らなくてはならない、一番辛い出来事かもしれません。
僕の経験談を致しますと、親に真剣にカミングアウトをしたのは20歳くらいの頃でした。親に手紙を書いたんです。
「話さなければならない事がある。けれど勇気が出ないから少し自分と向き合うためにカウンセリングに通っている。心配しないで少し時間を下さい」
こんな内容だったように思います。
親としては、子供がこんな内容の手紙を書いてきたらビックリしますよね。案の定、「なにがあったんだ!?」ということで電話がかかってきました。
もう少し時間がほしかったのは本音で、手紙でそんな事を書いた自分が間違ってたと、後になって反省しました。
そのかかってきた電話で、初めて、真面目にカミングアウトをしたんです。
「自分は性同一性障害で、本当は男だと思ってる。手術までして男としていきたい」と。
小さい頃から僕は泣き虫だったのですが、そのときもまくし立てられるような聞き方をされてしまったし、手紙のことを反省したのもあって、泣きながらのカミングアウトでした。
電話の向こうで母親が自分を罵声する声もあまり耳に入ってこないくらい、頭の中が真っ白でした。
父親もなぜか電話の向こうで「許さんぞ!!」と叫んでて。
その時は「もう一度考え直すように」と言われてすごすごと引き下がったんです。
でも、カウンセリングにはきちんと通っていたし、そういうことを主治医に話してみました。
担任のカウンセラーにもお話しました。
それで、その数ヵ月後に、もう一度、そういったお互いが興奮状態にならない状況でカミングアウトをさせてもらう機会を設けてもらい、改めてカミングアウトしました。
その時は冷静に、きちんと伝える事もできましたが、親としては、まだ信じられないといった感じでした。
その後何回も話し合いを繰り返してきました。
母親は何度も葛藤した様子で
時々電話をかけてきては、まだ信じられないといってみたり、理解してみる、と言ってみたり、心が揺れ動いている様子でした。
それがある日、悲しくも生まれてこられなかった僕の兄の話になり「あの子が生まれてきたかったんだね。あんたの身体をかりて生まれてきたかったんだね、生きたかったんだね」と言われました。
それから、僕はなんとなく、自分の中に二つの魂を貰ったような、そんな気持ちでココまで生きてきました。
親へのカミングアウトは、正直な話、とても難しい事だと思います。切っても切れない縁の人には怖くてなかなか言えないと思います。言わないと言う選択肢も考えられます。
ただ、僕はずっと偽り続ける事ができなかっただけなんです。
自分が楽になりたかったから、自分を自分として認めてほしかったから、小さな勇気を振り絞りました。
これからカミングアウトしようとしている人たちへ。
言う段取りは、少し考えて、親のショックを和らげてあげる方法をさがしてあげてください。
カミングアウトをすればいつか必ず、わかってくれる日が来ると思います。
親は、いつまでも自分の親ですから。僕個人の意見としては、言ったほうが楽になるような気もします。
でもこれは各個人の責任の上にあり、それぞれの事情があると思います。これ以上は、なんともいえません。
今では、両親ともに僕の事をある程度認めてくれるようになっています。
未だに名前は昔のままで呼ばれてますが、 死ぬまで一緒に背負って理解しようとしてくれている親には感謝しています。









