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性同一性障害って何だろう?
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2006年10月22日

初めてのカミングアウト・違和感への気づき/園田

僕の場合、幼稚園の頃やそれより前の記憶はほとんどない。
嫌な思い出などは自然と忘れるように出来ているのだろう、きっと。

親から聞いた話によれば、1−2歳の頃、クルマのおもちゃが大好きで
毎晩それを枕元に並べてから眠っていたらしい。
それから、FTMには恒例の「大きくなったら○○○○が生えてくる!」ってやつ。
僕も例に漏れず、言っていたそうだ。


記憶にあるのは、もう少し大きくなってからの話で
やはり赤いランドセルが嫌だったということ。
ソレをあまり大事に扱っていなかったのは
女の子の象徴だと認識していたからなのであろう。

当時は自分が男だという自覚があったわけではなかったけれど。


男の子は青や黒、女の子は赤やピンク。
学校側からしたら、分かりやすいからそうやって分けてるんだろけど
それがとても苦痛だった。

青のがいいのに!

そんなことは言えず。


だけど小学校の頃の苦痛はそんなに多くなかったかも知れない。
(女性化していくカラダに対する嫌悪感はすごくあったけど)

この頃に、「自分は男だ」ってハッキリした自覚があったら
もっと色々苦痛を感じていたのだろうと思う。
なんとなく違和感はあったものの、
幸いなことに、自分は男であるという認識はなかったので。


知識がないことで救われる。
そんな現実もあるんだな。



しかし、僕は小学校生活が終わってしまうことに恐怖を抱いていた。
ほんの少しだけ中学に対する期待もあったけれど、
『中学には行きたくない』と強く思っていた。

そんなことを思っていても、行かなくてはならない時期はやってきてしまう。


制服のサイズを測るのに、試着会みたいなやつが事前にあったんだよなー。
本気で嫌だった。
でも、嫌だなんて言えない。
そんなこと言ってるやつは誰一人いないのだ。
しかも、自分が何故スカートが嫌なのかも分からない状態だった。
ただとにかくスカートが嫌い、それだけ。

そんなワガママが通用するはずがない。
そう思って誰にも何にも言わず、ただ耐えた。

3日も通えば、開き直ることが出来た。(根っからのポジティブ人間なので!)
出来る限り、体育着やジャージで過ごそうと、密かに努力をし続けていたけどね。


高校時代は、冬が好きだった。
制服の下に(自前の)ジャージを穿き、上からロングのダッフルコートを着て登校。
制服が一切見えない格好。学生かどうかすら分からないという・・・
確か、ロングコートは禁止されてたんじゃなかったっけかなぁ。
でもその辺はキャラでかわす。
成績だって常にトップクラスだった。だから文句は言われない、言わせない。

そうやって自分の居場所を築いていった。


そして、ついに「スカートが嫌で仕方がない」という謎が解ける日が訪れる。高校3年の頃。
初めて『性同一性障害』という言葉を知った。とある授業がきっかけだった。


心とカラダの性別が一致しない人が存在する。
女として産まれたのに、中身は男だなんていうことが許される・認められる。

衝撃的だった。

男っぽく生きるなら、おなべバーで働くか宝塚に入るくらいしか道はないんだと思っていたから。



そうか、そういうことだったのか。
これで今までの違和感や嫌悪感の謎がすべて解けた。

女じゃないのに、女として生きなきゃいけなかったんだもん、そりゃ苦痛だよなぁ。


って、今だから冷静に考えられるけど、当時は本当に嬉しくて
ネットでとにかく調べまくった。
自分でサイトを運営したりもして、たくさんの仲間に出会った。
自分の本当の姿をさらけ出して、それを受け入れてもらえる場所。
とても居心地が良かったし、少しずつ自分に自信が持てるようになっていった。



リアルライフにおいては・・・
初めてカミングアウトしたのは当時の彼女かな。

自分でもまだ詳しいことは知らなかったから、
カミングアウトと言っても、大袈裟なものじゃなく
どうやら自分はコレのようだ、的な言い方だったと思う。

普段から女らしくなんてなかったし、クラスでも男扱いっぽい感じだったから
彼女も特に驚いたりはしていなかったように思う。


それ以外の友達には高校を卒業してからカミングアウトすることとなる。
今思えば、在学中に言ってしまえば良かったのに!という感じだが
当時はやはり恐かった。
もしも友達を失うことになったらどうしよう、と。
だから在学中にカミングアウトは出来なかった。

卒業後に、高校時代に1番仲良かった友達に勇気を出してカミングアウト。

「いまさら何言ってんの?思考回路からして女じゃないじゃん!」

あまりにもあっさりと終わってしまったカミングアウトだったが、
言う側からしてみれば、相当勇気のいる行動だったのだ。

直接言うのは恐くて、メールで送ったんだけど・・・

返信メールを読んで思わず涙がこぼれた。


くそー。女じゃないって分かっていながら、3年間ずっと仲良くしてくれてたのか・・・

友への感謝の気持ちは一生忘れない。



そしてこれをきっかけに、仲良かった子たちに少しずつカミングアウトしていった。
特に驚かれるようなこともなく、自然に受け入れてもらうことが出来た。

自分に自信が持てるようになってしまえれば、
カミングアウトなんて全然恐くない。
次第にカミングアウトすることにも慣れていく。


そしてありがたいことに、今までカミングアウトをして否定されたりしたことは一度もないし、
友達を失ったりすることも全くなかった。


今まで出会ってくれたすべての仲間に感謝します。ありがとう。


そして、これから出会う人々へ・・・カミングアウトした方がいいですか??

と、ここで聞いても仕方ないのだが、これがまた難しい問題なのだ。
普通に男性として何の違和感もなく生活出来るようになってしまうと
今度は、”逆カミングアウト”が必要になってくる。
「実は戸籍上は女なんです・・・」と。
しかし、それが本当に必要なのかどうかってその都度自分で判断するしかないし、
言うにしても、一体いつ切り出したらいいのやら・・・
ただ、これは別に勇気がいることではないからそんなに大きな問題ではないな。
カミングアウトした所で、自分を否定されるようなことはないと分かっているから。



テーマ外の話までしてしまい、ずいぶん長くなってしまった…すみません。
読んでくれてありがとうございます。
posted by GIDmedia at 08:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 園田

2006年10月15日

初めてのカミングアウト・違和感への気づき/渡邉

渡邉です。

前回の日記で、私は性同一性障害(GID)当事者ではありませんと書きました。
なので、GIDとしてのカミングアウトの経験は私にはありませんが、
社会から求められる「女らしさ」が自分に合わないと感じることは今までに多くありました。


物心ついた頃、姉のお下がりである女児用の服を着ることを嫌がった記憶があります。
ズボンが好きで、年上の従兄弟のお下がりを喜ぶ子どもでした。

小学校に上がる時、どうしても赤いランドセルが嫌で茶色のランドセルを買ってもらいました。
このとき、赤は嫌だったけど、だからといって黒にしようという思いはまったくありませんでした。
今ではカラフルなランドセルがたくさんありますが、当時は赤黒以外の子はいなかったため、
上級生にからかわれ泣いたこともありましたが、6年間背負い続けました。

中学の時、密かに憧れていた野球部は「男子のみ」と決まっていたため諦めました。
変に思われると思って、そのことは誰にも相談できませんでした。
生徒会長は例年男子がなるものと決まっていて、
自分にその資格がないことでとても悔しい思いをしました。

高校の時、仲間はずれになりたくなくて必死に化粧に興味を持とうとしたり、
髪を伸ばしてみたりしましたが、廊下の鏡に映ったあまりにちぐはぐな自分の姿を見て止めました。
どれだけ努力をしても、「女装している」という感覚がずっと離れませんでした。


大学に入る頃、インターネットでGIDのことを知りました。
いくつかのGID・FTM(Female To Male;性同一性障害で生物学的女性から男性へ移行する人。その逆で、男性から女性へ性別を移行する人をMTFという。)の個人サイトを回るうちに、彼らのエピソードが自分と非常に似ていることに気づきました。
制服、体育着、水着、部活、トイレ、下着、スカート、ファッション、
私が苦しんできたことと同じ過去がそこにはありました。


その当時、私は自分をGIDではないかと思っていました。
幼い頃から持ち続けていた「自分は人と何か違う」という感覚にやっと当てはまる答えを見つけたという喜びと、共感し合える仲間がいるんだという解放感から興奮状態にあったと思います。
GIDという言葉を知り、その意味を深く知る前に仲間を見つけることに走り、仲間が見つかるたびに、自分がGIDだという確信を深めていきました。

「スカートが嫌いだった」、「男の子とばかり遊んでいた」、「人形よりもミニカー、それより野球やサッカー」など、GID・FTMに多い(典型的な)エピソードはありますが、それだけでGIDであるということにはなりません。
参考として自分史(生活史)を提出することもあるようですが、GIDは本来疾患名であるので、実際の診断は決められた診断基準に沿って進められます。




ところが、インターネットを通じて多くのGID当事者と知り合ううちに、今度はそれまで社会や常識というものから感じていたものと同じ違和感をGIDに持つようになりました。
「女らしさ」という社会通念に苦しんできた私は、「FTMらしさ」という新たな壁にぶつかりました。
GIDかもしれないと思っていたため、特にGID当事者と会っている時には、先輩のFTMの振る舞いや行動をまねようとしましたが、それは自分を制限し、時には望まない方向へ進まないといけないこともありました。

「FTMは男なんだから、男らしくしないといけない」
そんな感覚にとらわれてしまいました。 (これは私の中にあった感覚であって、もちろんそうしないといけないなんてことはまったくありません。)


結局「女の子らしくしよう」と努力して挫折し「自分らしさ」を取り戻した高校時代のように、
自分はGIDではない、「FTMらしさ」=「男らしさ」よりも「自分らしさ」を優先する方がずっと自然で居心地がいいと思いました。
そう決めたとき、それはGIDを知る前の自分に戻っただけであるのに肩の荷が下りたような気がしました。


「自分らしさ」とはとてもあいまいで、その言葉すら重荷になることもありますが、
私が理想とする「らしさ」とは「FTM」でも「男性」でもないことは確かです。

社会的な理由からスカートを履き、化粧をして出社するGID・FTMもいますし、
ネクタイをしめて、男性用の制服を着て働くGID・MTFもいます。
家事が得意でピンクが好きなFTMもいれば、バイクや車が大好きなMTFもいます。

私が縛られているもののほとんどは自分の性別が原因なのではなく、「自分らしさ」を表現する際に障害となるこの社会のジェンダー(ジェンダーとは、「男」あるいは「女」という生物学的性に付随する様々な社会的、心理的な性の側面のこと。)だったのだと今はわかります。


GIDの場合、自分の肉体への違和感がとても強いこと、
逆の生物学的性への同一感があることが診断基準のひとつになっています。
だからこそ、医療の手助けが必要であり、
その治療のための診断基準やガイドラインが設けられています。
医療の介入をもってでしか違和感を克服できない、それがGIDなのです。
しかしその前に、私と同じような状態である可能性もあるので、
治療に入る前に確認のためのチェックを精神科医から受けます。

それでは、もしGIDとして診断が下りなかった場合、
その人はどうすればいいのでしょうか。
私と同じように、自分に割り当てられた性でいることに違和感を持ったまま生きていくことは、
GIDと同じく社会から孤立する可能性があります。

その人の心を治療する?考え方を変えさせる?
それはその人の個性を奪う、人権の侵害です。
ここで問題なのはその人の個性ではなく、
その人の個性に待ったをかける社会のあり方ではないでしょうか。


社会の一員として家庭や職場、学校などの集団に帰属するには、
その集団のルールを守る必要があります。
それを破って行動することは和を乱すことになりますし、我儘でもあるでしょう。
しかし、そのルールを振り返ってみると、実は妥当性の無いものもあると思います。


社会情勢が変化し、共働き家庭や晩婚・未婚が増えるなどライフスタイルの多様化が進む中で、
それまで性というものを意識してこなかった人たちの中にも性へのこだわりを持つ人は増えるかもしれませんし、問題も増えていくかもしれません。
夫婦で働く場合は子どもを預けなければいけない、出産・育児休暇を取ることはキャリアアップにマイナスだ、父親は育児休暇を取りにくい、就職や昇給の男女差はまだまだ大きいなど、仕事ひとつをとっても性に関わる問題はこれだけあります。


性に関して考えることは、性の問題を抱える人たちだけに必要なことではありません。
GIDmediaでの活動を通して、まずは1人でも多くの人が性に関心を持って欲しいと思います。
GIDは他人事かもしれませんが、性はひとりひとりにあるものだからです。



今月のテーマとは少し論点がずれてしまいました。ごめんなさい。
posted by GIDmedia at 08:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 渡邉

2006年10月09日

初めてのカミングアウト・違和感への気づき」/二ノ宮

保育園の記憶は、ほとんどない。
ただ、女の子にしては活発で、男の子と何ら変わらない僕の姿を見て、
先生達は褒めてくれたと聞いた。

<男っぽい女の子>は、時には称賛されることがある。
僕のことを周りは、一応、<女の子>と見ていたから、
<男みたいな僕>に対して、否定的な言葉は聞いたことはない。
その代わり僕は、男と女の一定ラインを気にしていた。
年齢を重ねるにつれ、自分が感じていることが、
周りにとって、おかしいことだと気がついた…それがきっかけ。
これ以上、男を出したらヤバイよな…
ちょっと女っぽいとこを出して、周りを安心させよう…って。
そんな風に考えるようになっていった。

ただ、身体の嫌悪感は増すばかり。
でも、そのことすら、周りには知られたくない。
自分自身のことが、バレるのはヤバイと感じながらも、
男として認めて欲しい想いは強くなるばかり。
だから、男性として生活できるまで、
僕はずっと矛盾の中で生活していた。


赤いランドセル、黄色の帽子は全て気に入らない。
その意味は解っていたけど、納得できなくて、ひたすら恥ずかしかった。
小学校1年生。
学校で、交通安全の標語を録音することがあったのだが、
そこには、男子用、女子用で選ぶ言葉が分かれていた。
僕は「女子用」を選択しなければならなかったから、
それに違和感を覚え、最後まで言葉を選べずにいた。
このことが、胸に刻まれている最初の記憶である。

長い髪の毛は七五三が終了後、親との闘いの末、即行で切った。
小学校3年生ぐらいには、男のジェンダーを追い求めるようになっていった。
僕はサッカーをやっていたので、小学生の頃から色んな人に出逢えた。
その環境は、僕が僕であることを肯定してくれたし、今の自分があるのも、
「女子サッカー」があったからだと思っている。

初めて僕の意思を言葉で伝えたのは、中1のとき。
その頃はもちろん「性同一性障害」なんて知らなかったから、
恋愛をベースに自分のことをカミングアウトしていくしかなかった。
「女も好きになれる。性別を間違えただけ。」
友人達から返ってきた言葉は「いいんじゃない?<悠生>らしい」
最初のカミングアウトはそんな感じだった。

中2。オナベの人をテレビで見て、仲間を見つけた気分になっていた。
親の目を盗み、ビデオに撮って何度も繰り返し見た。
学校の進路希望調査にも「新宿のオナベの店で働く」と記入。

自分自身のことを説明することができなかった時代は
なんとかして、僕の意思を伝えたかったのだと思う。

だから20歳の頃、「性同一性障害」という言葉を知ったとき、
なぜかほっとした。
男でいていいんだ…そんな風に思えた。
posted by GIDmedia at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 二ノ宮

2006年10月02日

10月のテーマ「初めてのカミングアウト・違和感への気づき」/小松

僕自身が「性同一性障害」という言葉を知ったのは19歳のころでした。
その前には「性転換」という言葉は知っていたし、
高校三年生のときにいた彼女に
「将来は性転換する」みたいなことを口走っていたわけですから
そのときにはもうすでに、自分の中で答えは見つかってたんだろうなと思います。

はじめに自分がどうも、周りが思ってる性と違うようだと感づいたのは
幼稚園のころでした。
どうしてもワンピースの水着に納得いかなかったんですね。
まぁ、子供ですから流されるまま着てましたけど
水着で入るプールよりも、パンツ一丁で入れるビニルプールのほうが好きでしたね。
そのころから割と違和感みたいなものはあったんじゃないかな〜と今考えると思います。

母親は、スカートをはかせたがってたんですけど、
僕が嫌がるのでキュロットをたくさん買ってきてくれましたね。
それならパンツだからっということで割とよくはいてました。
まぁこれはまたの機会にじっくりお話しすることとして。


19歳の時にネット上で「性同一性障害」という言葉を知ってから
それまで結構もやもやして表せてなかった感情が
はっきりしたような感じで。
あ、これ自分だ、ってすぐに気づきました。
その言葉を知る前は自分は同性愛者なのかな〜と思ってて。
でも同性愛者のコミュニティにいると、
僕らみたいなのはあまり好まない人もいるんですよ。
まぁ、仕方ないですよね。
女子が好きな女子の集団に男子が混ざってるわけですしね。
飛んで火にいる夏の虫なかんじだったわけで(笑)

初めて仲間(彼女及びセクシュアルマイノリティ仲間)以外にカミングアウトした相手は確か友達でした。
当時の彼女と共通の友達だった気がする(あんまり覚えてないな〜)
でもそのときの反応は
「あ、そうなんだー」ってそのくらいだったんですよね。
「だよね」みたいな。
なんか拍子抜けしちゃいますよねぇ。

自分は勇気を持って「自分、こんなんなんです」って告白してるのに
「あ、そう」で終わっちゃうのって。
でも逆にそれってありがたいと思うんですよ。
自分で言わなくても周りはわかってたということですから。
その上で、自分という人間を認めて付き合っててくれたわけだしね。
だから僕は結構人間関係は恵まれてる方なのかもしれないな〜なんて自負してます。
いろいろ言われたりする時もあるかもしれないけど、
それで離れてっちゃったりするような友人だったらね
いらないですよ。
じゃあ、あんたは俺のどこを見て友達になったんだっつう話で。

言わなくてもいい相手と言ってもいいかなっていう相手を
見極めていかないと馬鹿を見ますけど
やっぱ、大事な人には、さりげなくカミングアウトできるといいですよね。
構えると向こうも構えちゃうしね。
だからさらっと「なに言ってんだよ〜俺男だからさ〜」って言えちゃう勇気を持てると、
気持ちは楽になるよなぁって思います。


余談ですが、僕はその勇気をつけるために(といっては変だけど)
大学のゼミ全員の前でカミングアウトしました。
全員敵にまわすつもりで。
でも、みんな妙に興味持って接してくれたんですよね。
案ずるより産むが安し、なのかも知れません。
posted by GIDmedia at 23:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 小松